
この庭は、私より少しだけ若い。
子どもの頃、この庭は、ずいぶん広く見えた。
父が植えた木のまわりを走り回り、
転んでは泣いて、母に泥だらけの服を叱られた。
夏には兄弟で水遊びをして、秋には落ち葉を集め、
冬には小さな雪だるまをつくった。
あの頃の私にとって、庭は世界でいちばん大きな遊び場だった。
やがて大人になり、私はこの家を離れた。
仕事に追われる毎日。
たまに帰ってくると、庭の木が少しずつ大きくなっていた。
不思議なもので、変わっていく自分とは反対に、
この庭だけは、いつも同じ場所で待っていてくれた。
そして結婚し、今度は私が家族を連れて、この家に帰ってきた。
いつしか庭を走り回っているのは、私の子どもたちになった。
父が植えた木の下で、子どもたちが笑っている。
休日にはみんなでご飯を食べ、小さなプールを広げ、
誕生日には家族写真を撮った。
あんなに広く見えた庭が、少し小さく感じた。
でも、不思議と昔より、ずっと温かい場所になっていた。
やがて子どもたちも大きくなり、
ひとり、またひとりと、この家を巣立っていった。
庭から子どもたちの声が消えると、こんなにも静かなのかと思った。
そして今。
こ の庭にいるのは、私と妻、二人だけ。
縁側に腰掛けて、二人で庭を眺める。
「あの辺で、よく遊んでたね」妻がそう言うと、
何十年も前の笑い声が聞こえてくるような気がする。
庭の隅には、父が植えた木がある。
あの頃よりずっと太く、今では大きな木陰をつくっている。
その木を見ながら、ふと思う。
この庭は、ずっと家族を見ていたんだな、と。
私が子どもだった日も。
父になった日も。
子どもたちが巣立った日も。
そして、妻と二人になった今日も。
庭には、人生が残っている。
笑った日も、泣いた日も、何でもない休日も。
その全部が、いつの間にか大切な思い出になっていた。
だから庭は、ただ家の外にある場所じゃない。
家族と一緒に育ち、家族と一緒に歳を重ねる場所なのだと思う。
これからこの庭に、どんな時間が増えていくのだろう。
まだ、少し楽しみだ。
庭を描き、夢を描く。
今日つくる庭が、いつか誰かの、
かけがえのない人生の風景になりますように。




























